昭和の思い出37 恐怖の「反省会」

※ほっこり話ではありません。ご注意ください。

今も行われているのかわかりませんが、
私が小学生の頃、その日の授業や掃除が終わると
「反省会」、それから帰宅でした。

だいたい「○○くんがそうじをサボりました、
謝ってください」→「ごめんなさい」の
パターンで、

すぐに終わるのならいいのですが、

「この前もサボりました」「先日もだった」など
次々に発言者が出てくると、もう吊るし上げです。

こうなるとただ黙ってるだけの人も
嫌~~~な気分を味わい、
一刻も早く終わることを祈るしかありません。

言われる側もそれなりに原因があるにせよ、
そこまでねちっこく責めんでも……

私も何度かやられたことがありますが、
そのうちの一つが

「通学路じゃない道を通って帰った」でした。

違う地区の友達と帰りたかったので
別の道を通ったことで、翌日反省会です。

大人になった今だと、事件などに巻き込まれた場合
真っ先に探すことになる通学路とは別の道を
通ってたら話がややこしくなる、と理解もできます。

でも当時は小学生ですから「遠回りになっても
友達と帰りたかっただけなのに」

「私がどの道を通って帰ろうが、あんたらに
関係ないじゃない」

それでも謝らないと帰れないというジレンマに
余計に腹が立ったり。

でも私を責めたクラスメイトたちだって、
事件云々まで考えが及んでいたわけじゃないはず。

「こいつは責めていい奴だ」と思うと
集団で糾弾するって、悪い風潮だと思うな……。

 

追記:団塊世代の母に話を振ったところ
母も小学生の頃に反省会があったそうです。
そしてやはり嫌な思いをしたらしい。

甥っ子は「帰りの会」はあっても
そんな吊るし上げ会はなさそうでよかった。